4歳だった私は詳細は勿論覚えていませんが、何度もこのブログで書いている私たち家族は山口県の富田という所で終戦の日を迎えた、と母から聞かせられていました。
今のような時代になるとは夢にも思わないそれは、それは惨めだった日本だと思います。戦後母は疎開先が嫌いで終戦後また母方の家で父の帰りを待つために大阪に帰ったのです。
そこでの記憶はよく覚えています。玄関を入ったところにピアノが置いてありました。その後戦争に行っていた叔父が帰還兵として帰ってきて、そのピアノで童謡を弾いてくれたのを妙に覚えています。
当時水道事情が悪く家々に消火用水のコンクリートの水をためるふろおけみたいにどのうちにもありました。その台の上で配給のさつま揚げを配ったのも覚えています。今思うと日本は最下位まで生活が貧しくなり、配給を頼って生きていたのです。今、恐ろしいほど贅沢になり、いつか神様が罰をお与えになるのではないかと案じます。
テレビだって食、食、食の画面ばかりお笑いの人がその食べ物を粗末なたべ方で今に罰が下るのでは?と思うほど品のないお笑い芸人が突っついて食物をお笑いに使っていてとても不愉快。
世界中にはその日食べられない国の人も大勢いるのに日本のテレビは食をお笑いと同じレベルにしてる。今に罰が下るのでは・・・
もう一つ高市早苗総理がアメリカの大統領ドナルド・トランプをファーストネームで呼ぶのは案外失礼じゃないかとおもうのです。ドナルドが~~~というほど親しくないでしょう。ウラジミールと呼んだり、それが海外の人と親しいと錯覚してるようで不愉快。
外交で行ってるのだからちゃんとプレジデント・トランプとかプーチン大統領とか職の冠詞をつけるのが礼儀ではないかと私はおもうのです。安部元首相がファーストネームで呼び合う仲だから私もというのは違うのではないかと思います。私だっていきなり伶子さんと呼ばれたら私あなたとどういう仲なの?そんなに親しい仲じゃないわと思います。
家の親せきで第二次世界大戦で戦死した人はいなかったようですが、大変な数の人が亡くなりました。戦争はしてはいけません。靖国神社には戦地から親に送った手紙が毎日貼られています。どれを読んでも涙、涙です。

この写真は私の著書「私らしい人生のしまい方」の中国語版王さんが中国語に翻訳をしてくださったとき上海で出版記念が有った時の表紙です。








