
軽井沢で自家製紫蘇の飲み物を頂いて、とても美味しくて・・・作り方を習ってきて今日作ってみました。これにソーダと氷を入れるととてもさわやかな飲み物になります。紫蘇のへたを取るのが面倒ですが、不思議に紫の紫蘇が一気に緑色になり煮汁にクエン酸を入れると赤くなるのです。
これを冷まして飲んでいます。魔訶不思議な紫蘇の飲み物になります。
ペットボトルに入れて冷蔵庫に入れてありますが、なんだか綺麗になりそうな飲み物です。

大前伶子のWebサイトにようこそ!

軽井沢で自家製紫蘇の飲み物を頂いて、とても美味しくて・・・作り方を習ってきて今日作ってみました。これにソーダと氷を入れるととてもさわやかな飲み物になります。紫蘇のへたを取るのが面倒ですが、不思議に紫の紫蘇が一気に緑色になり煮汁にクエン酸を入れると赤くなるのです。
これを冷まして飲んでいます。魔訶不思議な紫蘇の飲み物になります。
ペットボトルに入れて冷蔵庫に入れてありますが、なんだか綺麗になりそうな飲み物です。

小菅優さんとクラウディォのコンサートが軽井沢露生庵で開催されました。台風が2個近づいているとニュースで盛んに報道していたので、早めに出ましたが、台風より霧が立ち込めていて、1メートル先も見えないあり様でした。
急に行くことを決めたので冷蔵庫にある肉と新玉ねぎを急遽出して、半日かかってカレーを作りました。10人前くらい、鍋ごと新幹線には乗れないので、タッパに移し替えて持って行きました。
小菅優さんは高校生の頃、カーネギーホールで聴いたのが初めてですが、それから何十年、確実に一流の演奏家になっています。今、ベルリンにいらっしゃると伺いましたが、7月2日はベルリンフィルの樫本大進さんとクラウディさんのトリオ演奏があり、だいぶ前にチケットを買っていました。
という週末を過ごしましたが、軽井沢は霧に曇っていて浅間山は全く顔をだしませんでした。
こんなお天気初めてですが、お客様は困難な天候なのに満員でした。
2泊して昨日東京に帰ってきました。軽井沢は霧と雨で寒かった。



娘がコンチネンタル航空で働きだしたころ、割に簡単に家族は運航している国には行かれたので、良く妹とあちこち行きました。これはパナマに行ったときの写真です。パナマは運河で有名ですが、それはそれは美しい渓谷があり、色とりどりの鳥が飛んでいて、今でも印象に残っています。
町は不用心とみえて家々の窓には鉄の格子が厳めしかったですが、私たち二人は(妹と)奥地に行ったら高級リゾートがあり、素敵なホテルと朝ごはんの豪華なブッフエがあり印象的でした。母が亡くなって彼女も気軽になりずいぶん社員厚遇のおこぼれをもらって二人で旅行しました、。
今本気で写真整理していますので、思いっきり処分を。これも中々難しいです。

この写真は娘がコンチネンタル航空に入社が決まった時テキサスの本社に行った時の写真で、娘が訓練中のアパートにて・・・こんなに元気だった妹なのに死んでしまって、旅する相手がいなくなり寂しいわ。
自分から言ったので責任を持たなくては・・・何か要るものある?と聞いたので私の責任で15人前ほどカレーを作っています。肉も玉ねぎもあるからなんて言ったら「頼むわ」と。
肉は何となくカレーでも作れるようにと冷凍庫にいれてあり、玉ねぎも新玉ねぎだから美味しいから時間が有ったら作っておこうと。
材料は揃っていましたが、15人前となると・・・実際に何人になるかわからないのですが、とりあえず作り始めました。今日半日火にかけて明日食べるのはちょうどいいかと思います。
今回のコンサートはベルリンフィルハーモニーのコンサートマスター樫本大進さんと小菅優さん、大物二人がゲストですから下働きの私も緊張します。7月2日の東京オペラシティもちゃんとチケット買ってあります。

15人分のつもりで作ったのですが果たしてどうやって軽井沢まで運ぼうか。玉ねぎ7個牛肉1キロ私はジャガイモのを入れないカレーを作ります。ジャガイモを入れると足が速いからね。
見れば見るほど懐かしいワールドトレイディングセンタービル、このビルを背景にスタテンアイランドのフェリーから撮影された写真が出てきました。
このフェリーから見るワールド・トレイディングセンタービルは畏怖堂々としていて、NYの景色として最高だったのに、まさかの悲劇の舞台になるとは・・・
この写真は今推測すると35年~40年前の写真です。こうしてブログにアップしていたら写真は整理してしまっても後で観ることができますから。
私が2度目にNYに住んだ時のものです。あの頃日本はバブルに踊っていました。一介の小店舗のおっさんが彼女を連れてやってきて物件を物色して、彼女にNYで店を持たせるという御伽噺のようなことを本当に実行していた時です。何人も知っています、そういう輩が彼女にNYで店を持たせるという話は何度も聞きました。そんな甘い国ではない!と私は陰で笑っていましたが、本当にいたのです。
あの頃の映画の舞台になっていた私たちはこのビルを愛称を込めて「ワートレ」と呼んでいました。

私はスポーツ系の番組に全く興味がないので、昨今サッカーが画面の大半を占めていますが、普通のニユースを放送してもらいたい。とBSのチャンネルを回していたらBS1でNYのメトロポリタン美術館を時間を気にせずメトロポリタン美術館本館だけじゃなくマンハッタンの先端にあるクロイスター美術館まで放映していて嬉しい。
五番街にあるメトロポリタン美術館は日本からいらっしゃるお客様を何度ご案内したか?何十回と行っていますが、たいていNY初めてという方をご案内するときはおおざっぱと言っては失礼ですが、有名な画家の作品をご覧に入れたいと思うので、メットの決まった場所に限られていましたが、この番組は相当丁寧に案内しているので嬉しくなりました。
勿論ピカソやゴーギャン、など有名な作品を見ていただくのですが、そんなのは巷カレンダーなどで見飽きているでしょうが、本物を見ると嬉しくなります。
私が最初住んだ時は確か観覧料というか入場料はただだったと思いだしますが、今じゃびっくりするほど高くなり、NYの住人は安く旅行者からは相当高くなっています。
ただ、旅行者はここに1日いても見切れない作品だし、もっと行きたいところがあるのでせいぜい2時間が限度でしょう。
ずいぶん昔妹がNYに滞在したとき、何日か続けて行ったことがありますが、本物の凄さを感じました。

初期のピアノ

画家も後世にこうして商売にされているって草葉の陰から何パーセントかよこせと思ってるのでは?
昨日も書いたように整形外科の先生の所に行き、今日は横浜市大病院整形外科の私がファンを自任している先生の所に・・・そうだ、明日は歯医者だった!
私は前にも書いたように歯だけは自慢の部分で、何処を褒められるかというと「歯」です。痛くなくてもちゃんと自分から予約していくことに決めています。妹が生きてるとき良く歯が痛いと言って銀座の歯医者さんに来ていましたが、私は歯が痛いという体験は余りないのです。
明日もいつものようにチェックとプロに磨いてもらう、これが気持ちがいいのです。
先日ウズベキスタンとカザフスタンに行ったとき、腰の手術跡がうずいて足まで痺れが来て、いよいよ歩けなくなるかと心配して、その上食事が合わなくてほぼ食べられなかったので、もう娘も旅に誘ってくれないかと覚悟をしましたが、帰ってきて数日経った時「ママ、今年の暮れとお正月はフロリダからクルーズに行かない?」と言ってきました。「あら、もうママは海外は無理」と思ったような雰囲気だったので以外に思いましたが、老いては子に従えかなぁ。。。
横浜市大病院は本院ではなく「横浜市立脳卒中・神経頸椎センター病院」という厳めしい名前の病院でとても不便なところです。8年前に本院で手術をしていただきこの脊椎の部分なので分院に行っております。私が女学生のころ今日の場所は六角橋、白楽(実家)から市電が走っていたところで、友人宅もありよく招かれてアサリを取ったり泳いだり、海が目の前でしたが、今じゃその面影もありません。
MRIという厳めしい機械に20分ほどゴーゴー、がたがた、ぶるぶる、もう生きるって大変だなぁと思いながら、入院したら検査漬けになるのだから、今日は予行演習、今日の結果は背中のチタンもずれていないし、自信をもって生きてください、って。その素敵な先生に励まされて帰ってきました。
いつもなら元町に寄って気晴らしをするのですが、夕方3時の予約だったので心底疲れてしまって、帰りは京浜東北線で東京駅まで帰ってきました。

我が家の食糧庫です。私は半年に一度全部出して賞味期限をチェックして使えるものを選び整理するのが決まりなのですが、昨日この作業中瓶詰を落とし足の指に当たりびっこ歩きをしていましたが、今日はいくらか楽になりました。
昨日棚の整理をしていて、酒悦のラッキョウの瓶を棚から落として足の小指に当たり骨は砕けていないと思いましたが、重い痛さが残っていました。
普段通っている病院とは違い整形外科は初めてのことなので、近所の方に聞いて東京駅近くの病院に伺いました。骨は大丈夫とレントゲンの結果でしたが、痛み止めをいただいて帰ってきました。
レントゲンの結果が出るまでは心配でした。ところが・・・驚いたことがその病院であり・・・
病院の待合室で「大前伶子さんですね、いつもブログを拝見しているのですぐわかりました」と声をかけて下った方が、しかも初めて行った病院で私は存じ上げない方だったので「どちらでお会いした方かしら?」と聞いてしまいました。あぁ、研一の?番組の視聴者かしらと思いましたが、いえ、いえ、大前伶子さんのです、と言われていつも勝手なことばかり書いているので・・・
恥ずかしいやら、びっくりするやらで、もう少し気合を入れて書かなくては・・・です。

この植木鉢が空いていたので、高島屋の前にある「第一園芸」で珍しい色の胡蝶蘭を買ってきました。
私が河野洋平さんを見たのは丸紅の新入社員のころでした。
それは、それはダンディーであんなに素敵な男性が世の中に居るって勿論どれだけあこがれてても手が届く人ではなかった、ですが・・・
河野洋平さんが入社してきて大学院を出てから入社だったので一般の新入社員よりお歳は24~5歳だったの。すごく大人に見えました。スーツも一流どころで仕立てたバリバリ、姿勢よく出社しておられました。彼は丸紅(当時は丸紅飯田という社名でした)に入社して間もなく会社からアメリカだったと思うのですが、幹部候補生として留学されました。
その後のお話は御伽噺のように伊藤忠の社長だか会長の娘と結婚したと風の便りに聞きました。つまり太郎さんのおかぁさんです。勿論いくら素敵でも、洋平さんは自由恋愛なんてもっての他のお家柄ですからね。
そういうご縁で河野洋平さんの若かりしころを思い出して偲んでおりました。

ここに引っ越してきて約3年、お掃除大好きな私ですがさすがに脚立に乗つてのエアコンやガラス磨きは娘から絶対にダメと念を押されているのでプロの方をお願いしました。
昔母が脚立に乗って高いところの物を取ろうとしていて足元が崩れてベットのヘッドにぶつかり大けがをしたのが我が家の語り草になっており、自分でしても大丈夫という自信は有ったのですが、怪我をしてからじゃ怒られるのはわかっていたので今回来ていただいたのですが、プロの技を目の当たりにして、良かった!
80過ぎのバーさんがいくら大丈夫と思ってももしもこけたらほれ見たことかになりますから。
まるで年越しのお掃除をしたみたいに気持ちがいい部屋になりました。
