今回、軽井沢露生庵でのコンサートはアルゼンチンタンゴでした。タンゴ自体珍しいのですが私は殊の外「タンゴ」が好きで凄く楽しみにしていました。
演奏中涙が止まらず自分自身なんでこんなにタンゴに反応するのだろう、、、それには深いわけが。
未だ私が若かりし頃、はい!丸紅の社員をしている頃の話で・・・60年は過ぎているのですが、思い出は消えません。
私の母は無類の社交ダンス好きでした。父には”体操に行く”と言って社交ダンスに打ち込んでいました。
丸紅のクリスマスダンスパーティーがあると母に話したら「上手な人がいれば踊りたいなぁ」とつぶやいていたので、主宰している方に「母が来たがっているのですが」と話したら、なんとその方は東大のダンス部キャプテンだったとか。「お誘いしていいですよ」と快諾を頂き母もおめかししてPTAよろしく丸紅の社員クリスマスダンスパーティに現れました。
ブルースの時は静かにしていましたが、タンゴの曲が流れるとそのお願いしていた東大ダンス部キャプテンだった方が何処からともなく現れて、母の手を携えて会場の真ん中へ・・・私は凄く恥ずかしくて小さくなっていましたが、(今は亡き人になっているから名前を書きますが鉄鋼部の名取さんという方)
ホールの真ん中でそれは、それは見事なタンゴを二人で踊っているではありませんんか。周りの人々は余りの見事さに自分たち踊るのをやめて見入っていました。気が付いたらホールは2人だけのソロダンスになっていました。1曲見事に踊っていましたが、柱の陰から見ていた私は「あれ誰?」という声に恥ずかしくて小さくなっていましたが、それは、それは見事な「ラ・クンパルシータ」を二人は踊り切りました。私が勤めていた時の思い出深いダンス・パーティー。
昨日露生庵でその日の思い出がまざまざと思い出されて涙、涙のコンサートでした。
音楽ってすごいインパクトがあるのですね。一瞬に何十年前に戻れるのです。
バンドネオンという楽器も勿論ピアノ、バイオリンはよくこの頃テレビに出演される廣津留すみれさんコントラバスとピアノみなさん超一流の演奏者でした。
今では社交ダンスが踊れる人は少なくなっていますが、クルーズにでも乗らなければ踊る機会もないですからね。上手な人募集したいくらい、私もワルツとタンゴの上手の人募集ます。


















