コロナからしばらく行われていなかったイベントが次々に開催されていて、私の行動も規制されていました。昨日は日本からのお客様をマンハッタンのダウンタウンをご案内しました。未だうすら寒く何となく春と秋がないのを実感しました。地下鉄の駅が新しくなってもう15年位たったでしょうか。駅ピアノを見つけたので、行って見ました。
今日は真夏を思わせるような暑さ
朝晩は寒いのですが昼間は真夏、NYに春と秋はないなどと言われていますが、春は桜が満開だし、秋は紅葉が見事なので気が付かないうちにいきなり夏になったり冬なったりなのは、私がNY入りしたころが夏と冬の境目だったのね、
今は八重桜が凄くたわわにさいています。旅行する気候で一番難しい。来た日はダウンジャケットが欲しかったし、今日は夏服でも充分でした。
ジョン・レノンの記念碑です。彼の家から数分のところにあるこのモニュメントにはいつも大勢の人が集まっています。今日歌っていたストリートパーフォマンスの人めちゃくちゃ上手な人でした。
好きだったブッチャーが無くなって
ハムもソーセージも凄く美味しかった肉屋がなくなっていて、あんな大きな店しかも流行っていたのに今日わざわざ行って見たらなくなっていて、その辺のおばさんに聞いたらずいぶん前に移動したわよ、とのこと。大好きな店だったので地下鉄に乗って110丁目まで行ったのに。
ことごと左様に店が変わってしまって残念。私はほぼ毎年来ているNYですが、それでも様変わりに驚きます。綺麗になっつたところもありますが、その辺道端で寝ている浮浪者も多くみられます。ただ、前回行ったサンフランシスコより浮浪者は少ない気がします。シスコは軒先にずらっと寝ていて危うく踏んでしまいそうになりあわてましたがNYはそれまでにはなっていません。
昔は6丁目から先は行ってはいけない場所でしたが、今はすっかりきれいになり、大企業も引っ越してきて昔のイメージではないですが、やはりマンハッタンを歩く時は緊張しています。
海辺の小さなホテルのクラブハウスサンドイッチ、凄く美味しかった。ロングアイランドの先小さな町があり、とても心地良いホテルのレストランでした。
親友スー・ストロボル邸に一泊
マンハッタンから電車で1時間余りの「ライ」という街に住んでいるスーさん宅へ。1泊して今日は彼女の車でロング・アイランドのアップルパイやへ。パイを買うのに3時間運転していくその熱意に、私も1個買ってきました。まだ、食べてないからわかりませんが、昔風のパイだと思います。
ロングアイランドというところは超お金持ちが住むところ、もしくはマンハッタンで勤務していて週末だけ帰る別荘地帯。それは、それは豪奢な建物が並んでいます。
ただ、交通の便が悪い、中央に大きな道路が走っていますが、大抵渋滞、ここまで開けるとは当初考えられない場所だったのでしょう。
私も大昔丸紅の駐在員妻をしていたころ、会社がこの辺に海の家が有ったので何回か来たことがありますが、ハマグリがいくらでも取れるところだった、別荘地だから小さな商店街が並んでいて、マンハッタンでは売ってないような上品なものが買えます。
昔有名な人の別荘巡りをしたことが有りますが、桁が違う家ばかりで、日本では余り見られない景色です。小さな空港もあるので大金持ちはここからプライベット・ジェットでマンハッタンまで通うという話を聞いたことがあります。桁違いの金持ちがここに別荘を建てることがステイタスだった時代がありました。
NYは未だ寒い・・・
外に出るとしんしんと底冷えがする。今回も私は持ってくる洋服を間違えた。
5月でここまで冷えるとは考えていなかった。未だダウンジャケットを着ている人が多い。人様委はNYは寒さと暑さが一日で逆転するから気を付けてね、なんて言ってる癖に自分は案外夏用の服ばかりでしいた。寒い、ひどく大げさですがファアのコートも見ました。一時は動物愛護ですっかりファアコートは観ませんでしたが今じゃ忘れたように、いや寒さにあらがえないのかもしれません。日本に居たら絶対にしない重ね着をして寒さをしのいでいます。
ブロードウエイの有名なお肉屋さんが美味しくなるまで熟成しているところを見せていますが、仮名在りグロテスクです。
NYに着いてフライトで一睡もできなかった
今回のフライトは超満員でビジネスクラスに乗れなかったので、その次のランクプレミアムクラスでした。このクラスのフライトは初めてで、隣のアメリカ人の夫婦の太り方、私のシート迄お腹の肉がはみ出して、窮屈。夫婦とも超肥満の人でした。勿論エコノミーだったら二人で3席は必要。
息苦しいのとトイレにもやっこらさとお願いし二人とも立ち上がってくれるのですが、水を飲むとトイレが心配、酸素も不足しそうなデブ夫婦、いい人だったみたいでそれは良かったのですが、ここまで眠れなかったのは初めて。
ホテルに着くやっとほっとして1日半寝てしまいました。やっといつもの状態になり一日一人で街を歩いてみましたが、思いのほか寒く、考えていたよりダウンを着ている人が多い。
妹のベンチにお線香を持ってしばしそこに座って百合ちゃんとの日々を思い出してきました。
上の写真はダコタハウス
第62回日本現代工芸美術展
石川県の陶芸家大樋年雄先生から招待状が届いていたので、今日上野の「東京都美術館」に行って参りました。素晴らしい展示の数々、絵、陶芸、彫刻、などそれはそれは凄い作品ばかり、欲しい絵も数々有りました、が我が家には大きすぎるし勿論買えないとは思いますが、ため息をついてしまう作品でした。世の中にはこうしてこつこつと作品を作っている方がこんなに大勢いるという現実に驚きました。勿論プロばかりだと思いますが、あのコロナ騒ぎの中、芸術家は大変だなぁと感じていましたが、作品作りに励んでいたのが見ていてわかります。感動しました。写真も撮らせて頂けたので数枚記念に。
今回が最後という言葉を
今週火曜日からNYへ行くことにしています。13時間のフライト来年は耐えられるかと行くたびに思う。
それでも行くと決めてから「こむらかえり」のような症状があったのを克服し、カルシュームと芍薬甘草湯を飲みながら、階段はなるべく避けて今日もデパートを1時間くらい歩きました。
自分でダメだと思ったら負けですからね。暮れにはウイーンのニューイヤーコンサートの予定も要れたし、今年いっぱいは元気でいなくちゃ。死ぬまでに一度でいいからあのニューイヤーコンサートに行きたいと願っていましたが叶いそう。だから元気でいなくちゃあ。ウイーンはさぞ寒かろうと不安ですが、毎年ニューイヤーコンサートのDVDを買って「一度でいいから本物を聴きたい」が私の最後のお願いだった。昨年は可なり従来通りになりましたが2年前のはDVDを買って聴きましたが、余りにも指揮者の思い込みのためか、いつものコンサートとは違ってがっかりした。
指揮者はいつものは嫌だと思い込むのだなぁ。自分流にと思うほど観客は変化を望んでいないのよ。
ここ3年DVDを買って聴き比べていますが、3年前が一番良かったと私はおもうのですが、観客も何も変化を望んでいない、いつもの年越しをし、新年を迎えたいのだと3年間のニューイヤーコンサートを聴き比べてそう思いました。新聞評にもそれらしき批評が書いてありましたが。
花もこのくらい色が有った方が好き
亡くなった妹が良く私に向かって「おねえちゃまはキツイ性格だから、奥ゆかしいとか内に込めたなんていう言葉が全然ないのよね」と私を表していましたが、ソメイヨシノなんてどちらかというとピンクよりグレーに近く、はっきりしない色で私は好きになれない。
もう、今日辺りほどんどグレーだし、新芽の葉が出始めて・・・あっという間にマスコミに踊らされた桜も終わり。標本木の前で今日か、明日か、とメディアが取り上げていましたが日本は平和。
ところで、岸田首相夫妻がワシントン入りしていて、バイデン夫妻と岸田夫妻4人が写真撮影に臨んでいましたが、えぇ~~というほど岸田首相夫人のドレスコードが酷かった。大抵正式訪問だと無地とジャケットでしょう。小花のように見える花柄の赤いワンピース、異論は有るでしょうが、正式な服装ではなかったわ。側にいる人のセンスが今一かな。小花でもいいけど白いジャケットか何か、田舎のおばさん風で今一と私は思いました。