マイケル・ジャクソンが愛したと言われているこのホテル、20室ほどしかない小さなホテルですが、
眼下に広がる景色はぴか一です。
この椅子に記されたマイケル・ジャクソンのサインはこのホテルの売りでしょうね。
お料理はいつも行くレストランの方が美味しいいかもという3人の意見でしたが、
この景色は何にも代えがたいものがあります。
娘は帰国すると「おばぁちゃまのお墓参り行きましょう」と積極的ですが、
母が存命中はことのほか可愛がった孫でしたから。
何となくお墓詣りに行くと心がやすまります。
マイケル・ジャクソンが愛したと言われているこのホテル、20室ほどしかない小さなホテルですが、
眼下に広がる景色はぴか一です。
この椅子に記されたマイケル・ジャクソンのサインはこのホテルの売りでしょうね。
お料理はいつも行くレストランの方が美味しいいかもという3人の意見でしたが、
この景色は何にも代えがたいものがあります。
娘は帰国すると「おばぁちゃまのお墓参り行きましょう」と積極的ですが、
母が存命中はことのほか可愛がった孫でしたから。
何となくお墓詣りに行くと心がやすまります。
72丁目とマディソンアベニューの角でこんなに素敵なカップルに会いました。
この国の食べ物は油断すると太るものばかり、だいたい一人前が多すぎる。
その多さに目が慣れてしまうと恐ろしいことに食べてしまうのです。
私たちは妹と二人アペタイザーを一つ、メインを一つと分け合って食べていましたが、
そでも食べ過ぎの感ありです。
こんな二人は凄く食に気を付けているのでしょう。余りに素敵なのでカメラに収めました。
ミラノに住んでいらっしゃるピアニストの「黒田亜樹」さんをお迎えして大前宅の6階コンサートホールで
彼女の華麗なるピアノを聴きました。
彼女はタンゴの作曲家ピアソラが得意とのお話でしたが、バンドネオンやギターなどの音域をピアノ一つで
華麗に弾いてくださって・・・勿論ショパンやムソルグスキーの「展覧会の絵」も素敵でした。
お話していたら、何と小原孝さんのお話が出て、彼との共演もあり?とか。
ファンがそこいらじゅうにいる小原孝さんが羨ましいわ、とこのツーショットの写真を
黒田さんは小原さんのメールに送っていました。
コンサートが終わってからお茶会でした。
NY特集をしていたので、大樋先生の展覧会のブログが遅くなってしまいました。
「大樋焼き353年令和の継承陶冶斎と長左衛門」展があの銀座和光の本館で開かれました。
パネルトークとレセプションパーティー、凄かったです。
いつも気軽にNY陶芸コンテストの審査員長をしてくださっている大樋先生ですが、
凄い任務をされてるのです。
特にお祝いのお花は麻生太郎をはじめ「へぇ~~~」と思う方からのがたくさん飾ってありました。
私たち二人は末席でじっと聞いておりましたが、大樋先生は相変わらずラフに皆さんを
笑わせてくださって、本当に気楽な方です。
今年も11月にはNYで開催される「NY-東京陶芸コンテスト」の審査員長で
NYでお会いできます。今から楽しみ。
NHKを退社したアナウンサーが大挙して民放に移っている。
退職金満額でその後どこかのプロダクションに入り、どうでもいいコメントを民放でしているのは
とても気分悪いわ。NHKは視聴料を取って!!経営してるのに、
最近質の低下が著しいし、どうでもいいお笑いの人も頻繁に出てきます。
特に元NHKの人ってアナウンスの仕方が”上から目線”ですから、民放に行ってもその癖が直っていない。
したり顔でコメントするから、感じわるいじゃないですか。
民放はお金をかけなくても一応発声など訓練出来ているから使うのでしょうが、
役人的な指摘しかできない、つまらないコメントばかり。
そんな時元NHKの堀尾アナが週刊新潮に不倫で取り上げられて、「朝の顔」として他人の
不倫問題にコメントするって何なのよ。
64歳でも転職できる、しかも朝の顔としてレギュラーになって、
年金問題もしら~~~とコメントするのってアリかなぁ。あの人たちは庶民ではないですから。
写真は我が家から200Mくらいのところにある堀部安兵衛の碑です。
この辺はこういう歴史的なものが隠れるように建っています。ここから江戸城へ攻め入ったのです。
近いですからね。
帰りのフライトはビジネス・ファーストという席を頂きました。
来るときはエコノミープラスという席でしたが、妹はこれで充分よ、と申していましたが、
帰りの席は”ハネムーン席”だそうで、二人の席の仕切りが自動で上がったり下がったり、
妹と私じゃしょうがないですが、余りにいい席だと寝てしまって、9時間ほど寝たでしょうか。
いつもは時差がないのに今回は機内で寝たせいで、数日時差が取れずに往生しました。
帰りは3時間くらい寝てもそれ以上寝たら、帰国後調整に苦労します。
いい席を頂いて文句を言ったら罰が当たりますが、我慢しても寝ないという選択をした方が
いいという教訓。
行のフライトはニューアーク上空で天候が悪く、旋回していたのですが、
オイルが足りなくなって、今からボストン空港へ行きます、というアナウンス。
機内はしーーーんと静まり返りました。私たちが文句を言えた筋ではない、ガス欠で
落ちたら大変、機長のアナウンスに従うしかないでしょう。
3時間ほど遅れて到着しましたが、NY滞在中よくこういう天気にぶつかりました。
朝は抜けるように青空でも、夕方から雷と大雨、かっこいい紳士が朝から大きな傘を持って
歩くのを何度もみましたが、そういう日は必ず夕方大雨が降ります。
日本より天気予報の当たり率は相当正確です。
23丁目のダイナーでBONDの卒業生が集まって下さるって、ちょうど私のパソコンの山田センセイもNY入りしていたので
今回NY滞在の最後を飾って、チェルシーのダイナーに行きました。
この店は映画にも度々使われるらしい、スタイリッシュなダイナーでしたが、料理はいまいちでした。
というのも、ダイナーといえばたいてい定まったメニューがあるものですが、
余りにも曲解しすぎていて、場所はいいですが、二度目に行きたいとは思わない店でした。
私が好きなハイラインを目の前にして、新しい街ですね。
いつもBONDの方たちが集まって下さって恐縮です。お忙しいでしょうに。
タクシーを使わない私のポリシーが最後の最後でグランドセントラルまで乗ってしまいました。
こうして毎日忙しく2週間が過ぎてしまいましたが、あっという間でした。
6月というのはNYでは一番気候がいいのです。暑くもなく、寒くもなく、いや、やたらに寒いと感じた日も
ありましたが、一般に一番観光に適しているのでは?
坪田裕子さん宅にもお世話になって、一番印象に残るのが裕子さんとの会話でした。
彼女とはもう30年以上のお付き合いですが、出すぎず、引っ込みすぎず、会話がとにかく面白い。
いまだに医療通訳者として毎日6か国語をあやつり、世の中のために尽くしている姿は
どんなに逆立ちしてもかなわない人生を歩んでいる。
何が寂しいって裕子さんとさよならする時が一番悲しい。再会を約束して。
NY滞在最後の日、妹がまだSOHOへ行っていないので行きたい、て。
私はこの町余り好きじゃないのでNYに来ても余り行かない地域ではありますが、
今回久しぶりに行ってみて、相変わらずだなぁ、中途半端なのです。
若者向きの街というイメージです。
とにかくお天気が良かったので、ダウンタウンのビル群がとても美しく、
散歩にはいい街ですね。
ブティクもう少し落ち着いてみたらいいものがみつかるかな。
妹はここでも変わったデザインのブラウスを買っていました。
私はここでは購買意欲がすっかりなくなっていて、まぁ、見るだけよ。
その後地下鉄で一気に82丁目まで帰り、私たちが大好きなゼイバースで日本へのお土産に
チーズを大量に買いました。
つるとんたんがマンハッタンで2号店を出した。
今回はロックフェラーセンター近く、48丁目5番街と6番街の間、どちらかというと6番街にちかいところ。
さすが”つるとんたん”だなぁと感じるのは、1号店もユニオンスクエアで大成功していますが、
ビジネス客を狙うのなら2号店だと思います。
6番街には大きな会社がたくさんあるので、この場所はすごくいいのでは?
カトウトレージャーグループの企画力に脱帽、ただ、地下と2階を合わせて大型過ぎるように
感じたのですが、地下への客は入りにくい気がします。
料理は東京よりお酒のおつまみに工夫がみられていい感じでした。
写真の料理はキノコのソティーが揚げた中華麺に掛かっているだけですが、
濃い味だからお酒のつまみにはいい。
最近若い人が好むブルックリン、私は余りあの地区は興味がなかったのですが、
目覚ましい発展があり、お天気さえ良かったら、最高の写真が取れます。
デイビットとは30年以上の友達で、お願いして妹をブルックリンへ連れて行ってもらいました。
ブルックリン・ブリッジの下あたりの発展は、昔を知っている私にとって驚きです。
映画の舞台にも何度もなっていて、若い人達の新天地ですね。
昔はとても足を踏み入れる場所ではなかったのですが、今ではマンハッタン並みのお家賃だそうだ。
地下鉄でも行かれるのだが、そうまでして行きたいとは思いませんが、面白い店やレストランが
たくさん出来ています。
ディビットのハンドルの左に見えるのがマンハッタンです。