昨年の今頃私は母の状態が最悪だったので、人さまのことを想うことも出来ず・・・・
先日鈴木かつこさんに会ったことが有る方から、「その後鈴木さんはお元気ですか?」と聞かれた。
あっ、そうだ、鈴木さんの消息を誰に聞いたらいいか思案していました。
鈴木さんの甥御さんさんが熊本県八代にいらしたことを思い出し、お電話してみました。
私からの電話で驚かれたのですが、「昨年の7月14日に亡くなったのですよ」との報。
私は2年ほど前に八丁堀のデニーズで朝ごはん”さば塩焼き定食”をご一緒に食べて、それが最後になったのだなぁ。
サバ塩焼きをとても美味しそうに召し上がっていたのを思い出します。
鈴木かつこさんとのお付き合いは今から10年ほど前、いつもNYへご一緒するつくばの陶芸家海老沼彩花さんが
紹介してくれて、何度もNYのブロードウエイの劇場前に住んでいらしたお宅に泊めて頂いたことを思い出します。
「60歳なんて怖くない」の著書ですが、60歳で不動産の免許を取り、NY一大きい”コーコラン”社の副社長として
頑張っている姿を本にされて、そのお手伝いをしたのが親しくなるきっかけでした。
本が出て、故郷熊本での講演会などで何度か八代へ行き、「みょうけんさん」のお祭りにもご一緒したのだなぁ。
鈴木かつこさんとは数えきれないほどの想いでがあります。
まさか母と前後して亡くなっておられたって一年余り存じ上げず本当に胸が痛くなります。
「60歳なんて怖くない」というタイトルも私が考えたのです。というのは日本人は60歳というと
定年が頭にこびりついているでしょう?鈴木かつこさんは60歳で不動産の免許を取りあの激動のマンハッタンの
不動産をガンガン売っていたのです。
このタイトルでCNNから映画にしないか、というオファーがあったと彼女は今にも女優に変身するのでは?と
思うほど張り切っていたのに。
それも最後の1年くらいお嬢さんがお嫁に行ったテキサスに引き取られて一緒に住んでいると聞いていました。
お嬢さんが買い物に出かけた後、心臓麻痺で彼女は一人旅立ったとのこと。
誰にも迷惑を掛けず、お嬢さんが帰宅したときはこと切れていたと聞きました。
鈴木かつこさんらしい最後だったのだなぁ。100歳で映画女優になるのが夢だったじゃない?