長年の朋友伊藤博文に先立たれ故人を偲んで山縣有朋が詠んだ歌を最初に持ってくるなんて、菅元首相自分が書いた原稿ではないとは思いますが、上手い。今回唯一高評価だったのは菅元首相の「送る言葉」だった。
かたりあひて、尽しひ人は先立ちぬ 今より後の世をいかにせむ
この歌、詩、うた、は誰にでも当てはまる
菅元首相のかすれた声とこの歌は、妙に似合う。彼が官房長官を長年務めて、安倍元首相の病が重くなっている様子もわかっていただろう。それにもメゲズニ8年数か月女房役として仕えた菅さんがこの句を読むと身に染みる。
私も昨年20歳の時東京駅で声を掛けて来た宮内さんという丸紅の友達を失いました。当時東京駅の湘南電車を降りたところで「君、丸紅だろう?、お茶飲んでいこう」と声を掛けられた。それ以来、どういう運命か、ずうううとつかず離れずの友達で、何が運命か元主人の課に配属になり、NY駐在も同じころ、その後彼はカサブランカやNY、オースチン、と海外を転勤して、丸紅を退職しても、不思議にNY友達が来たときは連絡があり、年に数回食事をしていた。ところが昨年あっという間に亡くなり、私も昨日菅さんが詠んだ詩のような心境になりました。一つ言えば10も100もわかってくれる人でした。友達として本当に信頼していた人がある日亡くなるって、こんなに言い得ている詞はない。
丸紅に入社して最初の課長がこの詩に出て来る山縣有朋のお孫さんでした。タッパのある立派な方でしたが、カラカスから帰国してこの課に配属されていましたが、当時山縣有朋のお孫さんよ、と言われても、へぇ~~というだけで、とても物静かな方でした。その周りには伊藤博文、はじめ幕末の名士のお孫さんたちがたくさんいましたが、今みたいに歴史に興味を持っていなかったので、お品がいい人達だなぁ、くらいしか感じませんでした。