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「気丈にふるまっていた」という言葉を言うのは優しいけど・・・

Posted on 2022年12月5日 by 大前伶子 in ブログ

一昨日、俳優の渡辺徹さんが亡くなって、メディアの伝え方は奥様の榊原郁恵さんが「気丈にふるまっていた」という。そりゃあご家族はまさかこんなに早く亡くなるなんて思っていなかったので、其の死を「気丈にふるまっている」ように見えた、という事ですよね。

私はもっと寸前まで元気で生きていた妹が2時間後に亡くなり、どうしていいか、アパートのドアマンたちは私の態度に「まさか妹が死んでしまっている」なんて全く気が付かず、ニュージャージーから来てくれているデイビットを1階の入り口でガタガタ震えながら待っていたのですが、ドアマンたちはそんなことになっているなんて微塵も感じられず、「気丈にふるまっていた」とひろこさんに言ったとか。

こういう有事の時どういう顔していたらいいのか、大泣きしてしまいたいのを我慢して助けをまっている私は気丈ではなく崩れ落ちそうな気持だったのです。だからメディアの人もそういう言い方はなんだかなぁ、今冷静になってあの時どういう顔していたか、気丈だったか、言葉尻に敏感に反応してしまいます。

渡辺徹さんのご家族もまさかこんなに早く死んでしまうなんて、と思ったと思います。が、彼の病はずっと前からだったのでは?顔がずいぶんコケていましたから、そのまさかが早くきてしまったのでしょうね。前日まで仕事をしていたとの報道が有りましたが、素人が見ても顔がどんよりしていましたから、相当に内臓に負担が掛かっていたのでは?素人目にもそう思えました。こういうニュースに敏感な今日この頃です。

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12月に入って初めての日曜日

Posted on 2022年12月4日 by 大前伶子 in ブログ

キリスト教にとっては今月はクリスマスを迎える準備の月間です。このところ日曜日の礼拝に足を運んでいます。というのも妹の葬儀をして頂き、わが身にも迫るものが有りました。

以前は毎週日曜日礼拝は行っておりましたが、コロナのせいばかりではないですが、礼拝自体をリモートでされていましたので、何となくスルーしていました。

祖母や母の影響でキリスト教に対して何の抵抗もなく受け入れていましたが、80歳を過ぎると次の世に行く準備をせねば・・・クリスマス礼拝今年は守れそうです。暮れもお正月も我が家で過ごすことを決めましたので、百合ちゃんがいないのは心の底から寂しいですが、1月3日にNEW YEAR ウインナー・ワルツ・オーケストラのチケットを買っているので、バレエ付きだそうで百合ちゃんの代わりの友達を誘って行ってきます。

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青山を歩きました

Posted on 2022年12月3日 by 大前伶子 in ブログ

何となく青山へ行ってきました。ここは素敵な室内家具やさんが多い。昨日白楽を整理したら家具を見たい気持ちになり、一人で神宮外苑前にあるカッシーナとかスエーデン家具の店とか、気分転換になりました。

何と言っても今風の家具は素敵。室内装飾品もおしゃれ、あと何年生きるかの戦いですが、今の人は世界中から求められて素敵な部屋づくりが出来ます。お金があっての話ですが。

どんなに素敵な部屋に住んでもあの世に行ったら終わりですが、生きているうちです。今日は夢の中でも素晴らしい家具、毎月娘が買ってきてくれるアメリカの室内装飾本みたいで、見るだけでも気分転換になりました。外苑前から表参道まで一駅に集中しているので、3時間余り、みるだけよ~~と思いながらのお散歩でした。

要らない物は捨てる、今日見た家具などは余計なものは要らない、の典型でした。

写真は今回お世話になったディビットさんです。彼はハワイ出身だと聞いていますが、日本のことも良く知っていて、もう4~~50年のお付き合いですが、年齢不詳、いつも嫌な顔をしたことがない、穏やかな人柄で、返しきれないくらい百合子の事を手伝って頂きました。彼の友達中西さんとお二人には一生かけてお返ししなくては、外地でのことゆえ、これが例え日本で起きたとしてもまごつきますが、彼らが居なかったらと思うと感謝、感謝。写真を見ていたらずいぶん昔に撮ったデイビットさんが出てきました。何時も1ドルの紙幣で小指にリングを作ってはめています。

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昨今の引っ越し屋さん

Posted on 2022年12月2日 by 大前伶子 in ブログ

妹の家の片付けをしなくてはと紹介者がいらしたのですが、お願いしました。ここ20年引っ越ってしていないので、何をどうすればいいか?不安でしたが、今日いらした引っ越し屋さんの素晴らしかったこと!

そう何度も引っ越しなんてするものではないので、いったいどうすればいいか?ましてや亡くなった妹の遺品整理も兼ねていました。私は整理術の本も書いている手前片付けには自信がありましたが、今日の引っ越し屋さんの統率力と働き方、学ぶべきものがたくさんありました。8人編成で手早くそれでいて丁寧、亡くなった人に寄り添った優しさで何とも感動しきりでした。

私もこの頃年のせいで物を動かすのもやっとの体たらくですが、今日の彼らの動きは参考になりました。ただ、統率が取れているだけじゃない、温かい心が感じられて、悲しいのを通りこして感動してしまいました。思わず私が引っ越す時はぜひお願いね、と言ってしまったくらい、素晴らしい人達でした。

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Posted on 2022年12月1日 by 大前伶子 in ブログ
昔パンナムビル、今はメッツライフビルと名前を変えましたが・・・

ナイヤガラらの滝は何度も行っていますが、周りから見るだけでしたが今回は滝つぼへ船で行き、それは、それは凄い迫力。今回のように目的を持って自分が案内される立場なので、凄く楽しみました。その後に妹の死に繋がるなんて全くそんな気もなかったのです。

ここメットライフビルは昔パンナムビルと言って元主人の会社がここの42階に入っていて、当時は駐在員だけでも100人位いたと聞いています。ところが、今は二人帰国してもその代わりになる人2人のビザが出ないで1人しかで、その代わりはアメリカ人を使えという事だそうです。雇用を生み出さないと選挙に勝てないからね。という訳で昔はたくさん日本人を見ましたが、最近は商社マンもメーカーも中々ビザの関係で大変みたい。日本人目当てのピアノバーなんてどうされているのか。

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NYの救急車事情

Posted on 2022年11月30日 by 大前伶子 in ブログ

NYから封書が送られてきて、何だろう?宛先は「オオマエユリコ」でした。あの時救急車が出動しいていたらしい。私は妹の側にいて、外はどうなっているかまったく分らなかったのですが、ポリスの車と救急車が駐車していたみたい。救急のお世話にならなかったのですが、それでも請求書はしっかり!きました。900ドル。

私が泊めていただくお宅の前に大きな病院があり、毎日その前を通るのですが、救急車を見ない日はありませんでした。妹の場合はもうすでに亡くなっていたので、救急出動しなくてもいいのに、と思うのですが、ポリスカーとセットになっているらしい。

NYに住んでいる人に言わせると、救急車が出動するにもクレジットカード2枚出さないと動いてくれないって。というのは1枚だと誰のカードか、そのカードが落ちないこともあるから、どんな病気をしても、しっかりチャージはされるのです。その点日本は優しい。ただ、今回の事件、事故を顧みて、あのような事態に陥っている時は判断能力はほどんどないから、今思うと「ああすれば良かった、とかこうすれば良かった」なんて何の役にも立たない。

ただ、日が気持ちを慰めてくれます。遺灰はまだ我が家にありますから、何となく毎日語りかけています。

写真の右にあるグリーンは母が亡くなった時私が慰めて買ってあげたものです。小さな枝でしたが、5年も大事にしてくれて、私は一番にこの植物を家に運びました。約1か月水やりしてなかったので、我が家で百合ちゃんとと思って可愛がっています。
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あの日以来初めてのコンサート

Posted on 2022年11月29日 by 大前伶子 in ブログ

何となくブルーな日々を過ごしていましたが、昨夜は妹と行くはずだった樫本大進さんの「室内楽の夕べ」に行ってきました。大前が大好きなバイオリンにスト、彼は2010年にベルリン・フィル第一コンサートマスターに就任してる第一人者、ソリストとしても、活躍している。

前回軽井沢の露生庵で真近で聴いたので、サントリーホールでの遠さは残念でしたが、ブラームスのピアノ四重奏は彼の実力発揮で素晴らしかった。会場もほぼ満員の観客、ピアノは今売れっ子の藤田真央さん、バイオリンを第一趣味の友達に百合子のチケットを使って頂きました。

モーツアルト、メンデルスゾーンなど、普段余りなじみのない曲を選んでいましたが、樫本さんの本領発揮は最後のブラームスだった。使用楽器は、クリスコの志村昌代代表から貸与された1744年製デル・ジェス「ド・ペリオ」でした。20億円と聞いています。

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戸籍って真実なのか???

Posted on 2022年11月27日 by 大前伶子 in ブログ

今回妹が亡くなってあらゆる役所事があるのですが、娘はまどろっこしいと電話で頼まず、羽田から福岡ー対馬まで飛行機で戸籍謄本を取りに行きました。3代前まで坂のぼるらしい。対馬厳原というところに役所があり、1日で取ってきました。

その原戸籍は3代前の子孫まで遡るらしい。もう20数年前に亡くなった従弟は戸籍上生きているという体たらく。知らない人の名前が入っていたり、確かに父は3男で確かめられたのですが、文字も古いし、手書きでした。明治37年に広島県安芸郡というところから対馬に分家していました。

父の従弟はハワイに移民していますし、広島って山ばかりで畑も出来ず大変な土地だったみたい。ハワイのおじさんは何度も会いましたが、欄園をしていましたが、結構いい生活していました。みんな大変な時代を過ごしたのだなぁ、そのおじさんは太平洋戦争の始まった時、ゴルフ場で球拾いしたいたと聞いたことがあります。父の実家は漁師でしたが、父だけ東京の学校に入れてもらったと語り草になっています。

こうしてルーツを辿るのも面白いものです。父と母は親戚の人のお世話で3分の見合いで決められてしまったと、母が一つ話のようにしていました。でも・・・「おとうちゃま(父の事)案外いい人だったからね」といい、母が強かったと私の心では反論していたのです。

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Posted on 2022年11月25日 by 大前伶子 in ブログ
プラザホテルのロビー
ブルックリンダイナーが復活していました
セントラルパークからの景色

百合子は毎日朝早くセントラルパークに行くのが日課でしたが、私は今回初めて行ったのですが、57丁目のマンションのそびえ方は恐ろしい気がします。

マンハッタンは地震がないと言われていますが、日本では建築許可が出ないでしょうね。このペンシルビルの前は私が好きだったアンティーク店が1階にあり、ここのおじさんとは懇意にしてもらっていて、イラン人でしたが、もうマンハッタンは怖いから国に帰るといってたっけ。

我が家のカーペットもガレーのランプもここで買いました。東日本震災の時スタンドは壊れてしまいましたが、あんなマンションになってしまって寂しい。

このマンションの住人は最上階やその近辺の部屋はほどんどロシア人が買ったと噂ですが、私の知人の不動産やさんの友達は出来上がるまでに奥さんが3回ほど変わったと噂が流れているって、そうです。

この部屋に一緒に住もうよ、と言っても工事に5年位掛かっていたのでは?その間に女性には「セントラルパークが見渡せる部屋に住もうよ」とくどいたか。いくら地震のないとはいえ、やはり私はご免だわ。

ブルックリンダイナーズが元の位置に戻ってきました。久しぶりに入ったのですが、マネージャーは覚えていてくれて、「よく来たね、元気だった?」とニコニコ挨拶しに来ました。妹は「凄い、顔じゃないの?」と驚いていましたが、NYに行くたびにココが好きでよくいきましたから。決して安い店じゃないのですが、きちんとしたアメリカ料理です。私は疲れていたのでチキン・ヌードルスープを所望しましたが、アメリカ人の定番です。日本人が御粥をたべるようなものです。

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今日で終り

Posted on 2022年11月24日 by 大前伶子 in ブログ

妹が住んでいた家の片付けがやっと終わりました。人間裸で生まれてきて、最後骨になるのですが、その過程で洋服を着たり、布団にくるまったり、食事をしたり、お風呂に入ったりで物を使います。それが積み重なって荷物が増える。その量が普通じゃないのです。彼女の荷物を整理していてわが身を振り返り、出来るだけ物を増やさない、買わない、ナイナイずくしの生活を試みようと心の底から思いました。残された人が如何に大変か。彼女は靴下だけでも引き出しにぎっしり。足は2本しかないのです。

片付け術を書いた私が笑われないように、出来るだけ物を減らす、明日から一直線に精進します。12月2日には実家は空になります。何日かかったかしら。母が亡くなってアリのように蓄えたのではなく母が生きている頃の物も有りましたから、彼女だけのせいではないかも。彼女が2歳から住んでいたところですから、それも仕方ないか。私は今回のアパートは20年いますが、それまで10年に一度くらい引っ越しをしているので、そう昔の物はないですが、それにしても要らない物捨てましょう。物で部屋をふさぐのは愚の骨頂です。

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